Internetに求められているもの

東京大学情報基盤センター 助教授 加藤 朗 


 私がはじめて、小雨降る広島空港(いまの広島西空港)に降り立ったのは、WIDE を広島に伸ばせるかどうかという相談をするためだった。つまり、まだ本格的なインターネット環境(とは言っても X.25 を利用した、ISDN よりも遅かったはず)は、広大の敷地に留まっていたわけであるが、それから十年以上が経った現在、インターネットは爆発的に普及し、一般家庭ですら、当時は想像もできなかった帯域でネットワークにアクセスすることができるようになりつつある。
 我々の仕事が、単に接続性を提供することだけだったとすると、もう引退してもいい筈である。しかし、接続性が rich になり、電子メールや Web 以外にインターネットの新しい使い方が提案され、それが夢物語ではなくなってくるにつれ、解決しなければならない問題も多岐にわたって指摘されるようになる。
 例えば、ネットワーク帯域が十分にあれば、高品質な画像伝送が可能になる。Digital Video をネットワーク経由で送る DVTS はその一例であり、そういうものが使えるようになってくると、それを実際に使って遠隔授業や講演をしてみたくなる。ところが、実際にやってみると、ネットワークに必要なのは帯域だけではないことが分かってくる。

 授業が中断されないように、機器やネットワークそのものの安定性も重要になる。ネットワークに優しい方法でパケットを送出するという改良がアプリケーション開発者には求められるし、そういうことをしなくても大丈夫なネットワークを構築運用することも必要である。つまり、ネットワーク屋とアプリケーション屋、場合によってはトランスポート屋やセキュリティ屋の綿密かつ円滑なやり取りが必要不可欠である。詳細な解析をするためには、測定屋との連携も必要になる。DV を届けることが不可能になった場合に備えて、MPEG-1 や H.323によるバックアップも必要であるし、最悪国際電話も考えなければならない。そうすると、教室側の設備やスタッフのサポートなどの問題も考慮しなければならない。

 アプリケーションの端点間が大学の構内に閉じているならばまだ良いが、県境や国境を越える場合も多く、特に言語や時差の問題は深刻である。問題解決のためには、どちらかが深夜早朝になってしまう場合もあり、双方の関係者に非常に強い動機づけがされていなければ、共同作業は捗らない。双方に徹夜覚悟の根性がある場合は稀で、外国の研究者が日本語を喋ってくれる可能性は皆無ではないにしろ非常に少ない。その結果、誰かが飛び回り、別な誰かが徹夜する結果になる。
 よく、「ネットワーク屋の癖にあって話をしないといけないの?」と指摘される。ホワイトボードを前に、フリーハンドで絵を描きながら議論する、というのに匹敵する環境は残念ながらまだない。ネットワークに対する課題も沢山あるし、入出力機器にも改善の余地は大きい。実験室レベルでは、Mimio のような装置を使うことはできるが、誰にでも使えるほどこなれてはいないし、いざというときの準備も大変で、気軽にネットワーク越しに議論する環境はまだできていない。  バーでビールを飲みながら相談するのに匹敵する紐帯感をネットワーク越しでも得られるためには、我々がしなければならない課題は沢山あって、当分隠居できそうもない。

(かとうあきら、成田空港にて )


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